慶應義塾大学
医学部 医療政策・管理学教室
宮田 裕章
教授
日常の奥にあるデータから
この社会の本質が見えてくる
慶應義塾大学
医学部 医療政策・管理学教室
日常の奥にあるデータから
この社会の本質が見えてくる
新型コロナウイルスの感染が急拡大した2020年3月末、
LINEによる「新型コロナウイルス感染症対策のための全国調査」が行われた。
仕掛け人はシルバーヘアをなびかせる異端の研究者だった。
2020年3月、新型コロナウイルスという未知の感染症が世界中に蔓延し、「東京もついにロックダウン(都市封鎖)か」と囁かれていた。そんななか3月31日に厚生労働省とLINEによる『第1回「新型コロナウイルス感染症対策のための全国調査」』が行われた。「LINEでコロナ調査?」と驚いた人も多かっただろう。このチャレンジングな仕掛けを発案したのが、慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室の宮田裕章教授だ。
「私は感染症の専門家ではありませんが、2~3月の中国や世界の動向を見ていて、これは(コロナが)市中に入ってくるなと直感しました。そこで、現状を把握するスマートな方法はないかと考え、LINEとAmazonに相談し、快諾を得ました。第1回の調査では、日本の人口の約2割にあたる2400万人以上の回答を得て、そのデータを医療関係機関と素早く共有することができました」
宮田教授の研究テーマは、医療政策とデータサイエンス。既存の枠組みにとらわれず、科学とテクノロジーで社会をよくするのが研究コンセプトだという。現在の日本において、データやITの分野にまだまだ“伸びしろ”があるのは間違いない。その応用先として選んだのが、「医療」という領域だった。
「もともとメインで関わっていたのは、臨床現場と連携した日本の手術症例データベースNCD(National Clinical Database)の開発・運用でした。これは全国5000以上の医療機関の協力を得て進めている医師や病院を客観的なデータで評価するシステムです。今まで“名医”というのは言ったもの勝ちで、それを定義する明確な根拠はなかったんです。それをデータで明らかにするのがこのプロジェクトの狙いです。ほかにも2025年大阪・関西万博のテーマ事業プロデューサーなど、常に300以上の研究プロジェクトに携わっているのが現状です」
宮田教授は、20年以上前から一貫してデータの可能性を信じ、さまざまな取り組みを行ってきた。コロナ禍の今、その専門性が大きくクローズアップされるようになった。例えば今年の春、台湾の天才デジタル担当大臣がデータでマスクの在庫を管理し、医療従事者など必要な人に必要な枚数を届けたことが大きな話題に。データをうまく活用すれば、誰も取りこぼすことなく、より多くの人を幸せにできる。これが宮田教授の信条だ。
「ポイントは、人の体験価値をデータで捉えることなんです。例えば、同じがんでも肺がんと乳がんの患者さんでは求められる治療は異なります。そこで、何が患者さんの体験価値を最大化できるか考えながら、過去のデータを分析していく。つまり、データによって、医療の『個別最適化』が実現できるのです」
宮田教授は、これからの社会はお金ではなく、新しい価値で動いていくと考えている。命、人権、環境、教育など多元的な軸で世界は回っていく。今回のコロナ危機で、人々の価値観の変容は明らかになった。キーワードは「ニューノーマル=新しい日常」。今こそデータの力が試されるときだという。
「ニューノーマルを考えるうえで大切なのは、今までの日常の置き換えではないということです。教育現場が好例です。今回のコロナ禍で、ほとんどの大学はオンライン授業を強いられました。さまざまな声が挙がりましたが、大教室の一方通行の講義ならば、オンラインのほうがいいという発見もありました。このように授業の評価がデータ化されていけば、教育の『個別最適化』も進むでしょう。日常をデータ化することで、社会の本質が見えてくるのです」
確かに、オンデマンドの授業が増えれば、学生は通学や時間割から解放され、得意分野に多くの時間を割くことができる。ここで議論すべきなのは、学生にとって本当に豊かな教育体験とはどういうものかということ。まさに、人の体験価値をデータで可視化することで、ニューノーマルが実現されるのだ。
「デジタル革命は若い世代にとって大きなチャンスだと思います。データによる社会変革がもたらすのは、お金ではない新しい価値観です。既存の枠組みは通用しません。これからは、新しい価値を生み出すものをどう社会と響かせ合えるかが問われます。まず、日常の裏にあるデータの意味を考えてみてください。そこからこの世界の本質が見えてきます」
宮田裕章
慶應義塾大学
医学部 医療政策・管理学教室 教授
2003年3月、東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻修士課程修了。同分野保健学博士(論文)。早稲田大学人間科学学術院助手、東京大学大学院医学系研究科医療品質評価学講座助教を経て、2009年4月より東京大学大学院医学系研究科医療品質評価学講座准教授。2014年4月より同教授(非常勤)。2015年5月より現職。2016年10月より国立国際医療研究センター国際保健政策・医療システム研究科グローバルヘルス政策研究センター科長(非常勤)も務める。データを活用した社会変革を医療だけでなく、多様な分野で実践している。
2020年3月31日~4月1日に実施された厚生労働省とLINEによる『第1回「新型コロナ対策のための全国調査」』には、2400万人以上が参加した