長谷川 修
東京工業大学
工学 准教授
知能情報学
東京工業大学
工学 准教授
知能情報学
「近い将来、自分のスマホの中に自分専用のAIが入る時代が確実に来ると思いますよ」 そう語るのは、東京工業大学工学院の長谷川修准教授だ。「自分専用のAI」というフレーズ自体は、今やそれほど驚くものではない。現にiPhoneにはSiriが入っているし、ソフトバンクグループのPepperも身近な存在だ。いずれもAIを使った製品だが、話をよく聞くと長谷川准教授が目指す「自分専用のAI」はどうやら他とは違うようだ。 「SiriもPepperも取得した情報を本部のクラウドサーバ上で解析して、アウトプットする仕組みです。ユーザーはGPSの位置情報、生体情報、スケジュール、会話記録などをサーバ上で共有することになります。さらに、Pepper型のヒューマノイドには、目が付いている。つまり、部屋の中の映像もサーバに記録されるわけです。その状態で本当にプライバシーは守れるのか......という議論は常にあります。そこで、私たちは、ユーザーの情報をスマホ内だけで処理して、自分だけのコンシェルジュとして成長していくようなAIの実現を目指しています」
研究の基盤となるのは、長谷川准教授が東京工業大学で長らく開発に取り組んできた「人工脳SOINN」だ。SOINNは、Self-Organizing Incremental Neural Networkの略。日本語では、自己増殖型ニューラルネットワークと訳される。ベースは、人間がデータ入力をしなくてもWeb上や周りの環境から自動で情報を収集し、成長する「教師なし学習」と呼ばれる技術。これは、人工知能の機械学習の一手法である。
「SOINNは、人間の感覚や言葉を実社会の経験から学ぶことができます。カメラ、マイクに加え、深度センサー、圧力センサー、重量センサーが搭載されていて、ここから得た複数の情報とWebから得た情報を組み合わせて、モノや現象を理解できます。例えば、SOINNにスポンジを渡すだけで、『やわらかい』という感覚を経験やWeb情報から導き出せるのです」
SOINNの強みは、画像、音声、テキスト、各種センサー情報といった異なるデータを複合的かつ高速で処理できること。異なるデータを並列化する独自技術によって、処理時間を圧倒的に短縮している。また、膨大なデータの中から不要な情報(ノイズ)を自動的に除去する機能も優れているという。ここまで聞くと自ら学び成長する人工知能のディープラーニング(深層学習)の応用では......という印象を受けるがどうなのだろうか?
「同じ機械学習でもSOINNとディープラーニングは、設計思想がまったく異なります。ディープラーニングは、学習のためにビッグデータが不可欠なのに対し、SOINNは実世界の限られた情報でも現象を学習できます。また、動作のアルゴリズムも極力シンプルにしてあるのでスマホ1台あれば、SOINNを動かすことができます。実は、少ないデータで学習できる部分が企業から大変好評なんですよ」
長谷川准教授は2014年に、株式会社を立ち上げ、現在も企業とさまざまな共同研究を進めている。すでに商品として実用化された事例も多数あるという。そして現在、力を入れているのがAIからAIへの知識転移の技術開発だ。
「SOINN独自のシンプルなアルゴリズムによって、学習した動作などのスキル情報 をコンピュータやロボットの間で簡単に転移できる仕組みを構築しました。これによ り、職人さんの技術をスマホのアプリのようにダウンロードして、工作機械に覚えさせることも可能になるかもしれません。さらに、家電製品の取り扱い説明書をスマホのAIに転移して、便利な機能を教えてもらうようなことも可能でしょう」
長谷川准教授が目指すのは、すべての人々がAIを手軽に使いこなせる未来。スマホの中で軽快に動作するAIコンシェルジュを本当に実現できるのは、産業界のプロが注目する人工脳SOINNなのかもしれない。
AIからAIへ、ロボットからロボットへの知識転移の技術開発にも産業界から注目が集まる
人工脳SOINNの概念図。カメラ、マイクのほか各種センサーから情報を収集する
東京工業大学の研究室の学生たちと。長谷川准教授は、このほかSOINN株式会社にもスタッフを抱える。同社の取り組みは、2017年9月に「スマホで育てる日本発個人向け人工知能」として、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)のコンテストで優秀賞、審査員特別賞に採択された
※インタビュー内容は取材当時のものです。