新型コロナウイルスの研究には、ウイルス学はもちろん、微生物学、遺伝子工学、分子生物学、生化学など幅広い学問分野が関わっている。
新型コロナウイルスの感染拡大によって、世界は大きく変わってしまった。ワクチン接種が始まり、日常生活が戻りつつあるが、新たな変異種の出現など話題は尽きない。
今回のコロナ禍で、ウイルスの仕組みや感染症の歴史に興味を持った人も多いだろう。なかでも注目されるのは「ウイルス学」とその周辺の学問分野だ。ウイルス研究を専門とする東京農工大学農学部附属感染症未来疫学研究センターの水谷哲也教授はこう語る。
「ウイルス学は、微生物学の一分野と考えていいでしょう。これらの学問分野は、医学部はもちろん、薬学部、獣医学部、さらに理学部などの生物学系の学科で学ぶことができます。遺伝子工学や細胞生物学、分子生物学など、21世紀に注目される分野の研究にも触れることができるでしょう」
ウイルス学では、ウイルス感染の仕組みや生物の細胞内で増殖するメカニズム、ワクチンや治療薬の開発につながる知識などを学ぶことができる。例えば、新型コロナウイルスの場合、特徴的な表面の突起部分にあるタンパク質が、ヒト細胞の表面にある「レセプター」と呼ばれる別のタンパク質と結合することで、細胞内に侵入し、ウイルスタンパク質をつくりながら増殖する。こうしたメカニズムを詳しく調べることで、ウイルスの侵入を防ぐワクチンや増殖を防ぐ治療薬の開発ができるのだ。
「最近、世界中のウイルス研究者が注目しているのが、すべてのウイルスに効くジェネラルなワクチンや治療薬の開発です。細菌の感染症に関しては、大腸菌にもサルモネラ菌にも効く抗生物質があります。同様に、新型コロナにもインフルエンザにも効く治療薬ができたら安心ですよね。世界中のさまざまなウイルスのメカニズム解析を進めて、共通の特徴を抽出できれば、それが万能ウイルス治療薬のヒントになるかもしれません」
長年ウイルス研究に携わってきた水谷教授は、あることを危惧している。それは、新型コロナウイルス終息後も5年くらいのスパンで、人類は新たなウイルスの脅威にさらされる可能性があること。人やモノが世界中を行き来する現代社会においては、昔なら局所的に出現してすぐに消えていった感染症が、世界中に拡大する危険性が常にあるという。
「これからは、ウイルスや感染症の知識は、一般教養として知っておくべきものになるかもしれません。今回の社会状況からもわかる通り、パンデミック対策は、政治や経済、法律、社会学などの知識もセットで考える必要があります。次のウイルスが出現すれば、また1年間の外出自粛生活になる可能性もあります。そのときに、今回の教訓を活かしながら、よりよい社会を構想するためにもウイルス学とそこから広がる文理融合の学びに興味・関心を持っておくといいでしょう」
私は20年以上前からコロナウイルスの研究をしています。コロナウイルス由来のSARS(重症急性呼吸器症候群)やマウス肝炎ウイルス(マウスのコロナウイルス)の研究にも携わってきました。一方、2017年くらいからコロナウイルス科の豚トロウイルスとピコルナウイルス科の豚エンテロウイルスが日本の養豚場でゲノムの組み換えを起こしていることを発見し、論文を発表しています。私たちは数万年に1回の進化に直面していると考えられ、世界的にも注目されています。
現在は、こうしたウイルスに関する最先端情報を集め、世界中に発信する拠点をつくるべく準備中です。未来に出現するウイルスを予測し、防疫することがウイルス研究者のミッションだと考えています。
東京農工大学農学部附属
感染症未来疫学研究センターHP
1990年、北海道大学獣医学部卒業。1994年、同大学院博士課程修了。博士(獣医学)。国立がんセンター研究所ウイルス部研究員、北海道大学大学院獣医学研究科助手、国立感染症研究所主任研究官などを経て、現職。専門はウイルス学。