岸さんも使用している「Stable Diffusion」はどのように言葉から画像を生成しているのだろう?
2022年、アメリカのコロラド州で開催されたアートコンテストが大きな議論を巻き起こした。1枚の美しい絵画が最優秀賞に輝いた後、それが画像生成AIのMidjourneyによって自動生成されたものだと制作者自身が明かしたのだ。この騒動からそれほど期間を空けずして、今や画像生成AIは私たちにとってすっかり身近な存在になった。SNSには人間が描いた絵や撮影した写真と見比べてもまったく区別がつかないようなAIによるアート作品があふれている。
「近年、テキストから画像を生成する人工知能プログラムのソースコードが一般に公開されたことで、同じ仕組みをもったアプリケーションが流行し、誰もが簡単にAIを使ってイメージやイラストを制作できるようになりました。以前は限られた専門家にしか使用できない技術だったのですが、すでに“民主化”されたと言っても過言ではないでしょう」
そう語るのは、東京大学大学院工学系研究科で独自の画像生成AIの研究で修士号を取得し、これまでAI技術と芸術を融合した作品を数多く発表しているア―ティスト・岸裕真さんだ。AIをはじめとするテクノロジーと、人間が主体的に表現を追求するアートは、一見すると相入れない存在のように思われる。しかし、岸さんは、AIを“共同製作者”に位置付けることで、人間が囚われている思い込みや社会のルールから脱却した芸術を生み出せるのではないかと考え、創作活動を続けてきた。今年開催した個展「The Frankenstein Papers」にも、AI技術が至るところに活用されている。展示されている個々のアート作品だけでなく、個展全体の企画にまでもAIが関わっているというのだから驚きだ。
「アートの展示会では、作品を制作するアーティストはもちろんのこと、全体の企画・運営を担当するキュレーターも大きな役割を担っています。そのキュレーターの役割をAIに任せてみることで、今までにない芸術表現に迫りたいと思いました。最近はChatGPTが話題になっていますよね。今回は、その基となったGPTという自然言語処理モデルを自分用にチューニングし、展示する作品のコンセプトなどについて指示をもらっています」
確かに個展会場を見渡してみると、AIによって自動生成された少し違和感のあるテキストがあちこちに散りばめられている。その横に飾られているのは、これまた怪しい魅力を放つアート作品の数々だ。観た人に想像を広げてもらうため、具体的に作品のどの部分にAI技術が用いられているのかという種明かしは極力控えているという岸さん。しかし、今回は特別にヒントをもらうことができた。
「まずはGPTモデルから作品についての指示をもらいます。私はそのテキストに自分なりの解釈を加え、今度は画像生成モデルを駆使しながら個別の作品を制作しました。使う技術は作品によって異なるのですが、この展示では基本的にStable Diffusionという画像生成AIを用いています。Stable Diffusionに対して独自のカスタムを施し、よりイメージに近い画像を生成する『DreamBooth』という手法があり、それによってAIからの指示を具体的な形にしていきました」
この個展のモチーフになったのは、世界初のSF小説とも称される『フランケンシュタイン』だ。自らが創造したテクノロジーによって命を脅かされるそのストーリーは、AIに対して漠然とした不気味さを覚えている私たちとリンクしているようにも感じられる。新たな技術が多くの人々の仕事を奪うという予測もあるなかで、アーティストたちはどのようにAIと向き合っているのだろうか?
「現在は画像生成モデルが一般化し、話題に乗じて多種多様なAIアートが作成されている過渡期にあります。そんななかで次にアーティストに求められるのは、AIを用いてどれだけ独自性を持った作品を制作できるのかということ。AIを活かしながら、誰もが想像すらしなかった世界を表現できるアーティストが登場することを期待していますし、私としても挑戦しなくてはいけないと思っています」
岸さんは、映画『サマーウォーズ』を観て理系の道に進むことを決めたという。劇中には、自ら知識を収集するAIが登場する。映画の公開から10年以上が経った現在、当時のフィクションは現実のものとなり、私たちもその恩恵を享受している。そんな社会において、AIに興味のある高校生たちは、大学でどのように学んでいくべきだろうか。
「学生時代って、社会に対して自分がどのように関わっていくのかを見通せず、不安になってしまう時期だと思います。そして、研究の道に進む人はその不安と戦い続けなくてはなりません。AIが面白いのは、単なるテクノロジーの枠を超えて、人生のパートナーのような存在になってくれるところです。だからこそ、私はAIを“共同製作者”と呼んでいるんですが(笑)。AIは人間とは異なる知性を持った存在であると同時に、人間を映す鏡でもあります。自分の将来が見えなくなったときも、AIと向き合うことで思いもよらなかった発見を与えられることがあります。そういう意味で、生涯を通じて取り組むことのできる魅力的な研究テーマだと思いますよ」
DIESEL ART GALLERY(東京都渋谷区)にて、2023年3月4日から6月1日まで開催された個展。メアリー・シェリー作の小説『フランケンシュタイン』の文章を学習したAI「Mary GPT」がキュレーションを担当。絵画や映像、立体など多様な手法を通じてテクノロジーへの憧れと不安が表現されている。岸さんは現在も新たなプロジェクトを進行中。
1993年生まれ。東京を拠点に活動する現代美術家。2019年東京大学大学院工学系研究科修了、現在は東京藝術大学先端芸術表現科修士課程に在籍。AIを中心とする、テクノロジーを駆使した作品を数多く発表。ファッション分野やミュージシャンとのコラボレーションなど、多岐に渡り活躍する。