Special Interview

日本大学 文理学部
情報科学科

大澤正彦
准教授

「AI×心」の最先端研究で
ドラえもんを本気でつくる!

ChatGPTに代表される生成AIをしても
人間の「心」の獲得には至っていない。
そんななか、若きAI研究者が本気で挑むのが、
泣いたり笑ったりするドラえもんの開発だ。

研究の軸は最先端のAI技術より
むしろ人間の「心」の探究

「ドラえもんを本気でつくっているんです」

 若き研究者はそう言いながら、人なつっこい笑顔を見せた。彼は日本大学文理学部情報科学科の大澤正彦准教授。人のような知能の実現を目指す汎用人工知能の研究で博士号を取得しているAIのスペシャリストだ。

 彼が目指すのはドラえもん。完璧に仕事をこなすAIロボットの実現ではない。人間と心の交流ができるロボットだ。

「のび太にとってドラえもんはただの便利な道具ではありません。ちょっとドジなドラえもんは、のび太にとって親友であり、家族のような存在です。便利だからではなく、大好きだからいつも一緒にいるんです。そんな人間とロボットの関係性をつくれないかと考えています」

 研究の軸になるのは、最先端のAI技術よりむしろ「心」の探究だ。そのため、大澤准教授は心理学や神経科学、認知科学など幅広い分野の知見をこの研究に組み込んでいるという。

 では、そもそも心が通じ合うロボットはどのようにつくればいいだろうか。大澤准教授は、心が通じ合うロボットをつくるためには、3つの研究(機能)を組み合わせることが必要だという仮説を立てた。それは以下の通り。

①人がロボットに心を感じるための機能
②ロボットが人に心を感じるための機能
③ロボットがロボット(=自分)に心を感じるための機能

 まず、①は人がロボットに心があると感じるメカニズムとはどういうものかに迫る研究だ。心の所在を明らかにするアプローチは、これまでさまざまな先行研究がある。なかでも大澤准教授が参考にしたのがアメリカの心理学者で認知科学者でもあるダニエル・デネットの研究だ。

「人間は『意図スタンス』で他者の行動を予測するときに『心』を感じると考えられます。これは物理法則やなんらかのシステムの設計によって相手の行動を予測するのではなく、あくまでも相手の意図に依存するもの。逆に言えば、振る舞いの設計やプログラムを人間に想定されてしまうと、ロボットの心を感じとられにくくなってしまいます。設計を予想されないうえで、意図を解釈できるロボットにすることで人間は『心』を感じるのではないかという仮説を立てました」

 続いて、②はロボットが心を感じる能力とはどういうものかに迫る研究。例えば、誰かが涙を流していれば、人間は「あの人は悲しんでいる、悔しがっている」と感じることができる。これは他者に心があると理解しているからで、この能力をロボットに搭載できれば、ドラえもんの実現に近づくと大澤准教授は考える。

「これは『心を読み取るマシーン』を開発する研究だと考えていいでしょう。①が入力データの形を考える研究なら、②は入力されてきたデータをどのように処理するかというメカニズムの解明になります」

 そして、③は、②で心を感じる能力を獲得したロボットは自分の心を認識できるか? という新たな疑問に応える研究だ。つまり他者のふるまいから感情を理解する能力を自分に当てはめることで、ロボット自身が「心」を認識できるのではないかというものになる。

「これは、つまり①と②を組み合わせたものです。ベースとなるのは感情の起源となる仮説です。それは、『自分の感情や心を認識する能力は、他者の感情や心を読み取る力を自分に向けて応用している』というもの。例えば、野生動物は、近くにソワソワ動いている猛獣がいるとき、相手が興奮状態にあることを予測して逃げなければ殺されます。その相手を予測する機能を自分に向けて、自分が興奮状態にあるときに『いま自分は怒っている』と推測することで感情が発達したのではないかという考えです。私は心を持つロボットの開発に、感情の進化プロセスを応用しているともいえます」

研究室で開発中の「ミニドラのようなロボット」は、目・鼻・口がないデザイン。心理学や認知科学の研究から導き出した結論によるものだ

ChatGPT時代にあえて自然言語を
話さないドラえもんをつくる

 大澤准教授が、これらの研究アプローチによって得た知見を応用してでき上がったのが研究室で開発中のミニドラのようなロボットだ。このロボットには目、鼻、口がない。しかも「ドララ」「ドラドラ」という独特の言語しか話さない。どうして、無表情かつ自然言語を話さないAIロボットというコンセプトに至ったのだろうか?

「のっぺらぼうの顔も含め、このロボットのデザインは、心理学的な実験を行い、分析してつくられています。重視したのは、過剰に高い能力を想定されない外見であること、曖昧な外見であることなどです。しゃべれないからこそ、心を読もうと思って人間が歩み寄り、コミュニケーションが深まるのです」

 ChatGPT時代に、あえて自然言語を話さないドラえもんをつくるのは実に興味深い。続きを知りたい人はぜひ大澤准教授の著書『ドラえもんを本気でつくる』を読んでみてほしい。

 大澤准教授の研究目標はもちろん「ドラえもんをつくること」。それはひとりの天才がつくるものではなく、みんなでつくるものであるべきだと力説する。最後に「みんなでつくるドラえもん」の未来像について聞いた。

「ドラえもん像は人それぞれで、そのすべてを反映することはできません。その代わり、研究者だけでなく学生や社会人も巻き込んだ、みんなでドラえもんを育てるような研究プラットフォームを開発中です。そこでは、AIも人とのコミュニケーションから学習し、人を幸せにできるように成長していきます。ドラえもんの開発を通じて、人とAIがもっと仲よくなれる未来を模索していきたいと思っています」

大澤正彦

日本大学 文理学部 情報科学科 准教授

1993年生まれ。慶應義塾大学大学院理工学研究科開放環境科学専攻後期博士課程修了。博士(工学)。次世代社会研究センター(RINGS)センター長。東京工業大学附属高校、慶應義塾大学理工学部をいずれも首席で卒業。学部時代に設立した「全脳アーキテクチャ若手の会」が2,600人規模に成長し、日本最大級の人工知能コミュニティに発展。グローバルな活躍が期待される若きイノベーターとして「Forbes JAPAN 30 UNDER 30」2022に選出。著書に『ドラえもんを本気でつくる』(PHP新書)がある。