Special Interview

千葉工業大学
惑星探査研究センター(PERC)

荒井朋子
所長

小惑星探査
「DESTINY+」で
地球生命の起源に迫る!

2015年発行のF-Lab.創刊号で、「隕石の魅力」について語ってくれた千葉工業大学惑星探査研究センター(PERC)の荒井朋子主席研究員。あれから9年経った現在は同センターの所長となり、多数の惑星探査プロジェクトを統括している。新たなミッションは、ふたご座流星群の母天体とされる小惑星「フェートン」が吹き出す塵(ダスト)の探査。「運命」という名のプロジェクトで、地球生命の起源に迫る!

深宇宙探査技術実証機「DESTINY+」の搭載観測機器

追尾望遠カメラTelescope CAmera for Phaethon(TCAP)

秒速約36kmで接近しながら小惑星フェートン表層の地形を調査する

マルチバンドカメラMultiband CAmera for Phaethon(MCAP)

複数波長の分光撮像によりフェートン表層の物質分布を調べる

ダストアナライザDESTINY+ Dust Analyzer
(DDA)

宇宙空間及びフェートン近傍のダストの化学組成、質量、速度、到来方向をその場で分析する

高感度カメラ「メテオ」が
スペースXの宇宙船でISSから帰還

 流星とは何か──。人類は太古の昔から夜空を見上げては、まばゆい光をまといながら一瞬で消えていくその刹那に魅せられてきた。

 流星の正体は、彗星や小惑星から放たれた塵(ダスト)。これが地球の大気圏に突入する際に高温高圧のプラズマ状態となり、光を放つのだという。

「流星には、炭素をはじめとするさまざまな有機物が含まれています。原始地球に飛来した宇宙の塵が生命を運んできた可能性もあります。私たちは惑星およびそれらが吹き出す塵を観測することで、果てしない宇宙の謎、そして生命の起源に迫ろうと考えています」

 そう語るのは、千葉工業大学惑星探査研究センター(PERC)の荒井朋子所長だ。

 荒井所長は、2015年発行のF-Lab.創刊号の巻頭特集に登場いただいた。テーマは「隕石」の魅力。宇宙から飛来する石を分析して、宇宙の起源に迫るという壮大なストーリーを語ってくれた。あれから9年、惑星探査のスペシャリストである荒井所長の研究はどのように進化したのか?

「前回の取材では、ISS(国際宇宙ステーション)に高感度ハイビジョンカメラを設置し、長期で流星観測をする『メテオ』プロジェクトについてお話ししました。私が責任者として開発に携わった高感度カメラ『メテオ』は、2度のロケット打ち上げ失敗による喪失を経て、2016年3月に3度目の挑戦で無事ISSに届けられました。そして、2016年7月から2019年3月まで流星の観測を行い、無事地球に帰還しました。現在、最新のAI(人工知能)なども駆使しながら、撮影した流星のハイビジョン画像を解析中です」

「メテオ」は、2016年3月にアメリカ・フロリダ州ケープカナベラル空軍基地から、米オービタル・サイエンシズ社のシグナス補給船に搭載され、アトラスVロケットで打ち上げられた。そして、2019年6月に、スペースX社のドラゴン宇宙船に乗せられて無事帰還した。こうした実験機器がISSから帰還する例はまれで、取得した流星データの解析結果への期待が高まる。

国際宇宙ステーション(ISS)に設置するために開発した超高感度CMOSハイビジョンカメラ「メテオ」。約3年のミッションを終え、地球に帰還後、撮影したデータをAIの機械学習などを駆使して解析している。帰還したカメラは千葉工業大学東京スカイツリータウンキャンパスに展示されている。

3つの観測機器を搭載して
小惑星「フェートン」を探査

 荒井所長は現在、PERCの責任者となり、さまざまな惑星探査プロジェクトを統括する立場にある。そして現在、力を入れているのが、深宇宙探査技術実証機「DESTINY+(ディスティニー・プラス)」プロジェクト。「運命」という名の探査機を駆使して、荒井所長が目指すのは、「フェートン(Phaethon)」と呼ばれる小惑星だ。

「フェートンは、毎年12月中旬にふたご座流星群として、たくさんの塵を地球に運んでくることで知られています。小惑星ながら彗星のように塵を吹いている様子が観測されていることでも有名です。小惑星フェートンからどのように塵が吹き出しているのかは、地球からの望遠鏡による観察ではわかりません。そこで、DESTINY+プロジェクトでは、探査機でフェートンに接近して、詳細な地形を2台のカメラで撮影すると同時に、フェートンの周りに漂う塵の化学組成や質量などを調査したいと考えています」

 DESTINY+探査機は、秒速約36kmでフェートンに約500kmまで接近し、カメラで追尾しながら表層の地形を撮影する計画だ。加えて、複数波長の分光カメラ(マルチバンドカメラ)により、表層の物質分布も調査する。さらに、独シュツットガルト大学が開発したダストアナライザ(分析器)を搭載し、フェートンから放出された塵(ダスト)の化学組成や質量などをその場で分析するという。探査機が地球を離れ、フェートンに到着するまでには約4年という年月がかかる。そこで、その惑星間航行期間中もダストアナライザを用いて、宇宙空間に漂う塵を継続的に観測し、地球に飛来するダストに含まれる有機物などを直接分析する計画だ。

「DESTINY+探査機には、追尾望遠カメラ、マルチバンドカメラ、ダストアナライザという3つの観測機器を搭載する予定です。フェートンは直径約6kmの小惑星です。望遠カメラを使って、1ピクセルあたり3mくらいのスケールで地表の凹凸などを撮影できます。さらに、マルチバンドカメラで複数波長を観測することで、詳しい地質データも取得できます。そして、ミッションの鍵を握るのが、ダストアナライザです。フェートンが吹き出す塵から地球生命誕生のヒントとなる有機物を発見できる可能性もあると思っています」

なぜ太陽系において
地球だけが特別なのか─

 荒井所長が小惑星の石や塵から解き明かしたいのは、なぜ太陽系において地球だけが特別なのかという大きな謎だ。その答えを探るべく、太陽系の成り立ちから俯瞰的に地球を理解したいと考えた。その手段として、大学・大学院時代は、「月の隕石」の分析に没頭した。こだわったのは、手で触れられる物質から宇宙の歴史を見通すこと。隕石の化学組成を分析することで、地球に生命が誕生し、進化した理由を知る手がかりがあると考えた。研究の一環で、2012年から2013年にかけて、アメリカの探査隊に参加する形で、南極での隕石探査を経験したこともある。これは、日本人女性として初めての挑戦だった。そして今、荒井所長が目指すのはDESTINY+探査機と小惑星フェートンの邂逅だ。PERCという研究組織も成熟し、新たな挑戦への準備は整った。

「DESTINY+探査機がフェートンに到着するのは、2030年頃の予定です。これはJAXA(宇宙航空研究開発機構)と千葉工業大学が共同で行うミッションで、今後の産学連携研究のモデルケースになると考えています。一方で、探査機がフェートンに到着する2030年頃には、宇宙往還機が一般化し、月面調査などが大きく進展しているかもしれません。2031年度には、日本のMMX探査機が火星の衛星フォボスからサンプルを持ち帰る計画も進行中です。そんな未来を実現するためにも宇宙開発を担う次世代の技術者・研究者が必要です。小惑星探査の研究を続けながら、後進の育成にも力を入れていきたいと考えています」

荒井朋子

千葉工業大学 惑星探査研究センター 所長

東京大学理学部地学科卒業、同大学大学院理学系研究科博士課程修了。専門は月惑星科学。大学院在学中、日本学術振興会特別研究員としてNASAジョンソンスペースセンター及びカリフォルニア大学ロサンゼルス校に留学。学位取得後、宇宙開発事業団(現:宇宙航空研究開発機構)にて、国際宇宙ステーション(ISS)の生命科学実験棟『セントリフュージ』や月探査衛星『かぐや』の開発に従事。退職後、2009年4月の千葉工業大学惑星探査研究センター設立時に上席研究員として着任、2017年4月に主席研究員、2023年4月から現職。