本橋 輝樹
神奈川大学
工学部 物質生命化学科 教授
機能性セラミックス
神奈川大学
工学部 物質生命化学科 教授
機能性セラミックス
「科学で世界を変えたい!」と思ったとき、皆さんはどんな研究対象をイメージするだろうか? 空飛ぶ自動運転車、火星に到達する宇宙ロケット……など想像は尽きない。しかし、世界を変えてしまうような重要な発明は、一般の人の目に触れないような場所でひっそりと行われていることが多いという。
「スマートフォンや液晶ディスプレイなど大ヒット商品がブレイクする背景には、必ず“画期的な材料”の発明があります。例えば、スマートフォンならリチウムイオン充電池に使う材料などがこれにあたります。本当に世界を変えたいなら、実は材料に目を向けるべきなのです」
そう語るのは、神奈川大学工学部物質生命化学科の本橋輝樹教授だ。本橋教授の研究対象は「機能性セラミックス」。セラミックスは、陶磁器やセメント、ガラスなどに代表される無機材料のことを指す。ここに何らかの機能を与え、社会で役立てるのが研究目標だ。
「たんぱく質やプラスチックなど、炭素を主要元素とする有機材料に対して、無機材料は、周期表にある100種類以上の元素を自由に組み合わせてつくることができるのが特徴です。組み合わせのパターンはまさに無限大。まだまだ知らない性質を示す無機材料はたくさんあります。私は無機化学の知識を用いて、地球が抱える大きな課題である環境エネルギー問題の解決に貢献するような新しい材料を開発したいと考えています」
本橋教授の研究チームが手がける機能性セラミックスの種類は実に幅広い。その中でも近年、特に力を入れているのが、「酸素貯蔵材料」の開発だ。
正極の活物質に大気中の酸素、負極の活物質に亜鉛などの金属を用いて金属の酸化反応から電気エネルギーを得る。正極には活物質を格納する必要がなく、電池容積の大部分を負極に充てることができるため、大きなエネルギー密度を達成できるのが特長
酸素貯蔵材料は、無機化合物ながら、動物のように酸素を吸ったり吐いたりできる特性をもつ。本橋教授は、この未知の材料を用いて、空気中から酸素ガスを選択的に分離する装置の開発を目指している。
「製鉄所や化学プラントなど、燃焼という現象を用いてものづくりを行う現場では、大量の酸素ガスが使われています。高純度の酸素ガスはとても高価なので、空気中の酸素だけを抽出できる装置を開発し代替することができれば、省エネ・省コストの効果が期待できます。現在は、国内の大手化学メーカー、製鉄メーカーと共同研究を行っています」
生産工程で用いる材料を開発する—。高校生には、なかなか想像しにくいが、実社会はこうした実用的なニーズによって成り立っている。その証拠に、この研究は2018年度の内閣府「戦略的イノベーション創造プログラム」に採択されるほど注目を集めている。
本橋教授が手がけるユニークな研究は、これだけには留まらない。もうひとつ紹介してくれたのが、「金属空気電池」のための触媒材料の開発だ。触媒とは化学反応を促進させる物質のこと。無機材料には、こんな応用の仕方も期待できるのだ。
「金属空気電池は、空気中の酸素と亜鉛などの金属を用いて、電気エネルギーを得る仕組みです。私は金属空気電池の中の酸化還元反応を加速させる触媒材料を開発しています。現在、電気自動車などで用いるリチウムイオン電池は、充電容量に課題があります。大気中の酸素を用いて発電するこの電池は、充電容量の課題をクリアできる可能性が高く、実用化が期待されています」
ものづくり工場の省エネ対策も電気自動車の充電池の効率化も環境エネルギー分野を語る上で不可欠のテーマ。本橋教授はここに社会的意義を強く感じている。また、元素の無限の組み合わせの中で“世界初”の発見ができる可能性があるのもこの研究の魅力だ。
「将来の夢はもちろん開発した材料を使った製品を実用化することです。基礎研究から応用までの道のりは長いですが、企業からは常に高いニーズがあります。世界を変えるような新しい材料で、持続可能な社会の構築に少しでも貢献できればと思っています」
実験室には、新規材料の結晶構造を調べる際に用いる本格的なX線回折装置もある
実験で合成した無機材料の試料。無機化学らしく手を動かす実験がメインの研究室だ
超高精細マイクロスコープで見た新規材料の画像。ここから世界を変える発見が生まれるかも!?
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