新妻実保子
中央大学
工学部 精密機械工学科 准教授
ロボティクス/空間知能化
中央大学
工学部 精密機械工学科 准教授
ロボティクス/空間知能化
研究テーマは「空間知能化」。これを聞いて、何を思い浮かべるだろうか。空間を知能化する? 空気中に人工知能をつくる? 謎が深まるこの研究の舞台は、中央大学理工学部精密機械工学科の「ヒューマン・システム研究室」。担当の新妻実保子准 教授は、笑顔で種明かしをしてくれた。
「これは、目の前の空間で起きているすべての現象をセンサによってデータ化し、ロボット技術に役立てようという試みです。例えば、お掃除ロボットは、センサとAI(人工知能)を駆使して、部屋の隅々のホコリを吸い込んでくれます。しかし、搭載されたセンサは、フロアの上という限られた空間の情報しか検知できません。壁や棚の上のホコリまで検知する機能を持たせるとなると現状の形やサイズを維持するのは難しくなります。こうした物理的な課題を解決するのが空間知能化です。これは言わば空間全体をロボットシステムにしてしまうもの。対象となる場所に複数のセンサを配置して空間全体を観測し、収集したデータをロボットに提供するのです。ロボット側はセンサ情報を分析するAIだけ搭載していればよくなり、スマートな制御が可能になります」
「空間知能化」の概念図。名付けて「iSpace」。センサが空間を観察する(Observation)→目的を理解しロボットに働きかける(Recognition)→ロボットが目的のために動作する(Actuation)のサイクルを回していく
新妻先生の研究のゴールは、「人とロボットの共生」だ。計算機(コンピュータ)の小型化により、生産現場を飛び出し、一般家庭にも入ってきたロボット。最近では、1家に1台ロボットがある時代がやってくるのもそう遠くない気さえする。しかし、ロボットと人間の相互コミュニケーションには、まだまだ課題は多いという。
「一般家庭のリビングには、テレビ、DVD、エアコンなど、さまざまなリモコンがあります。これは、目的を達成するためには、特定のデバイスに頼る必要があることを意味します。そこで、空間知能化がめざすのは、何のデバイスもなく、やりたいことにアクセスできる世界です。これは、私が学生時代から先駆的に取り組できた「空間メモリ」という研究の延長線上にあるもの。例えば、手を叩けばテレビがつく、指を鳴らせばエアコンの温度が上がる……といったことも可能になります。3次元空間自体をデバイスにしてしまう感覚でしょうか」
さらに、新妻先生が紹介してくれた研究事例のひとつが、「知的電動車イス」。これは、車イスの形をした人間搭乗型自律移動ロボットのこと。人が方向を指示するだけで、移動空間に設置されたセンサから提供された地図データを元にロボットが経路を計算して、移動できるという。特徴は、通常の電動車イスとは異なり、ロボットが自ら途中経路にある障害物を回避すること。利用者は頭や目線を動かすだけで、障害物にぶつかることなく目的の方向に移動できるようになる。
新妻先生の研究室では、ユニークな研究にも取り組んでいる。そのひとつが、犬の振る舞いを模した「コミュニケーションロボット」の開発。これは、人間のロボットへの関心を維持するための研究だという。
「言葉が通じない犬が人と仲よく暮らしてきた背景には、必ず何か理由があります。そこで、動物行動学の知見を用いて、犬の振る舞いをロボットに適用する研究に着手しました。注目したのは、犬が飼い主とそれ以外の人を区別す『愛着行動』。これをロボットの知能としてモデル化し、ロボットに組み込みました。実験を重ねるとペットロボットは、飼い主を追いかけるなど犬のような状況に応じた行動をするように。空間知能化の技術は、無機質なロボットに“かわいらしさ”を付加することにもつながっています」
新妻先生がめざすのは、特別なデバイスもマニュアルもいらない空気のようなロボットの開発。つまり、空間知能化がもたらすのは、人間とロボットの新たな「コミュニケーションの設計」だと言ってもいいだろう。それは、ロボット開発の概念を超える挑戦なのかもしれない。
ヒューマン・システム研究室が「空間知能化」によってめざすのは、「知的活動支援」「認知機能支援」「移動機能支援」の3領域
産業用のロボットハンドも重要な研究対象のひとつ
犬の振る舞いを模した「ペットロボット」の実験風景。飼い主になついているような動作を見せるロボットに自然と愛着がわいてくる
※インタビュー内容は取材当時のものです。