鈴森康一
東京工業大学
工学院 機械系 教授
ロボティクス
東京工業大学
工学院 機械系 教授
ロボティクス
「産業革命以降、工学がめざしてきたのは、強くて、速くて、精度の高いものづくりでした。この発想から航空機やロケット、工業用ロボットなどが生まれる訳ですが、私はこうしたアプローチだけでは、この先、本当に新しいものはもう生まれないのではないかと思っています。そこで、今までの流れと逆行する“やわらかい工学”に活路を見出したのです」
そう語るのは、東京工業大学工学院機械系の鈴森康一教授。研究テーマは、「ソフトロボティクス」。やわらかくて、形状適応性のあるロボットの開発を進めている。キーテクノロジーとなるのは、空気圧で動作するストローのような形状の「細径人工筋肉」。素材はゴムチューブとメッシュ状に編んだ化学繊維を組み合わせたもので、空気圧を加えると約25%収縮する。めざすのは、100万馬力……ではなく、まるで人間のような“しなやか”な動きのロボットだ。
細径人工筋肉を用いて、ヒトとまったく同じ筋肉の構造をめざした筋骨格ロボット。現役の整形外科医に細部まで再現できているかチェックしてもらったという。
「私の研究分野は、ロボットアクチュエーターの開発です。アクチュエーターとは、モーターやシリンダーなど機械の駆動装置を指します。どこでも手に入る鉄骨とモーターでいくら工夫しても見たこともないロボットをつくるのは難しい。そこで私は、細径人工筋肉という画期的なアクチュエーターで、既成概念を打破しようと考えたのです。ベースとなるのは、マッキベン型と呼ばれる人工筋肉です。市販されている従来品は、外径2~5センチ程度が一般的なのに対し、我が研究チームは外径2~5ミリまで細くすることに成功。この人工筋肉を用いて、等身大の筋骨格ロボットを作製しました」
ロボットといえば、“ロボットダンス”に代表されるギクシャクした動きが特徴だが、鈴森教授の研究チームが開発した人工筋肉を用いたボットはまるで違う。なぜなら構造の概念が存のロボット工学とまったく違うからだ。例えば、人間の脚をつくるのに、従来のロボットなら足首、膝、股関節などに配置する3つ程度のモーターとパーツを組み合わせてシンプルに駆動させようと考えるのが定石だが、鈴森教授は、片足だけで50本以上の人工筋肉を用いる言わば“冗長”な駆動系で、人間と同じ筋肉の構造をつくり、同じ動作の実現をめざしている。
「外径2ミリの人工筋肉を収縮させる際に出るのは、600グラムの物を持ち上げる力。決して、パワフルとはいえませんが、それでも理論値では人間の3~5倍の力は出せます。この人工筋肉の技術を用いれば、肌着のように自然に身につけられるパワーサポートスーツを開発できるのではないかと考えています」
鈴森教授は、2011年から岡山県内で靴紐などを製造する池田製紐所と共同でこの研究に取り組んできた。人工筋肉の収縮構造を支える化学繊維をメッシュ状に編み込む技術は、靴紐メーカーのノウハウだというから面白い。そして、2016年4月、東京工業大学と以前在籍していた岡山大学、さらに池田製紐所らと組んで大学発ベンチャー企業s-muscle(エスマスル)を設立。さまざまな企業からアイデアを募り、細径人工筋肉の実用化を模索していく狙いだ。また、研究室レベルでは、大岡山キャンパスのある東京都大田区のものづくり企業と共同で人工筋肉の用途開発のプロジェクトを実施。重い物を持ち上げたり、手を上げたまま作業をしたりする際に役立つサポートスーツの開発など、さまざまなアイデアがここから生まれている。学生たちが実社会のニーズに触れ、研究に反映する機会があるのも鈴森教授の研究室の特長だろう。
「機械工学というとどこか冷たい印象を持つ人も多いかもしれません。しかし、その成果を社会のために役立てたいという温かい気持ちがなければ、研究はうまくいきません。人類の幸せのためにまったく新しい何かをつくり出したい。そんな熱意を胸に、ゼロから未来を創造できる次世代の仲間を育成していきたいですね」
鈴森教授のもうひとつの研究テーマが「タフロボティクス」。電気モーターを使わず、あえて古い技術である油圧コンポーネントを用いて、災害現場などで活躍する規格外のタフさを備えたロボットを開発。写真奥は、指1本で700キロの力を発揮するパワー5指ハンド
外径2~5ミリの細径人工筋肉に繊維を織り込んで布状にして使用することもできる
重たい金属部品を使わず、自然に身につけられる肌着のようなパワーサポートスーツの実現をめざす
ムダな機能をそぎ落とした細長い肢体が特徴の「ジャコメッティロボット」。これも重厚長大な工学と逆行するソフトロボティクスの1テーマ。スイス出身の彫刻家ジャコメッティの骨のように細長い作品群が名前の由来だ
※インタビュー内容は取材当時のものです。