赤城文子
工学院大学
先進工学部 応用物理学科 教授
磁性物理/計算機シミュレーション
工学院大学
先進工学部 応用物理学科 教授
磁性物理/計算機シミュレーション
磁石はなぜ金属を引き寄せるのか-。
当たり前すぎて、思わず見逃してしまいがちだが、「磁力」と呼ばれる見えない力は、現代社会のさまざまな発明を支えている。代表例が、パソコンやHDDレコーダーに内蔵されている磁気ディスク装置。大量のデータを記録する際に磁力は欠かせない存在だ。ほかにもリニアモーターカーや医療用MRI(磁気共鳴画像法)検査機器などでも重要な役割を果たしている。
見えないけれど頼りになる磁力を有する物質を指す「磁性体」研究のエキスパートが工学院大学にいる。先進工学部応用物理学科「磁気応用研究室」の赤城文子教授だ。先生が取り組む磁性体研究の分野は実に幅広い。そのひとつが次世代の磁気記録方式の研究である。
「現在、市販されているパソコン用の外付けHDD(ハードディスクドライブ)の標準容量は4TB(テラバイト)程度。この内部には、3.5インチ(直径約9センチ)の磁気ディスクが使われています。ビッグデータの時代にありながら、HDDの記録容量は、1平方インチあたり1Tbit(テラビット)前後で頭打ちになっています。そこで、研究室では、HDDの大容量化を実現するための新たな記録方式の研究を行っています」
現在主流の垂直磁気記録方式に対し、赤城先生が研究対象としているのは、①熱アシスト磁気記録方式、②マイクロ波アシスト磁気記録方式の2つ。いずれもすでに主要メーカーが研究に乗り出している方式だが、発熱などの課題が解決できず、実用化に至っていない。
「磁気ディスクにデータを記録する仕組みは非常に複雑です。私たちは、磁気学や物理学の知見を用いてこれらを解析し、新たな記録方式や記録媒体の開発に応用するための計算機シミュレーションを行っています。数学や物理学の高度な専門知識を磁性体の応用に役立てる研究と言ってもいいかもしれません」
磁気ディスク装置1平方インチあたりの記録容量の推移。2010年代に入り、1Tbit前後で横ばいなのがわかる
新たな磁気記録方式の研究と並んで、赤城先生が力を入れているのが、ハイブリッド車(HV)、電気自動車(EV)などの駆動モーターに使われている磁性体材料の研究だ。HV、EVなどの次世代型自動車のモーターに用いられているのが、現存する最も強力な永久磁石とされる「ネオジム磁石」。試しに金属の玉をくっつけてもらったところ、その磁力は一目瞭然だ。
「強力なネオジム磁石ですが、弱点もあります。そのひとつが高温になると磁力が落ちてしまうこと。その課題を克服するのが、ジスプロシウム(Dy)というレアアース。この希少鉱物を約8%加えることで、熱に強いネオジオ磁石が開発されました。しかし、希少なDyを使い果たしてしまったら、未来はありません。そこで、企業や他大学と共同で、Dyを使わない耐熱ネオジオ磁石の開発に取り組んでいます」
ここでも研究手段となるのは、パソコンを使ったシミュレーション。熱によって磁力が落ちるメカニズムを検証したり、Dy以外の物質を加えたときの挙動を予測したりしている。
さらに、赤城先生が新たに注力しているのが、超高感度磁気センサの研究。1990年代に開発された磁気インピーダンスセンサと呼ばれる原理を医療分野で応用していくつもりだ。
「人間の身体の中にも微小な磁場があります。これを用いて脳や臓器の異常を検知する技術を開発できないかと考えています」
もともと数学が大好きだった赤城先生は、学生時代、コンピュータの設計やプログラミングの研究に没頭する。卒業後は、日立製作所中央研究所に就職。そこで、磁気ディスクの研究と出合う。そこから加速度的に記録容量を増していく磁気ディスク開発の最前線に立ちながら、研究者として論文も発表。いつしか、磁性体のエキスパートになっていた。工学院大学で指導を始めたのは、5年前の2013年。現在は、次世代研究者の育成にも力を入れている。
「日常生活のさまざまな場所で使われている磁性体には、まだまだ未知の領域があります。次世代型自動車や先端医療機器など注目の分野で変革を起こせるようなエンジニアを磁性体研究の分野から輩出していきたいですね」
次世代の磁気記録方式として期待される「熱アシスト磁気記録方式」「マイクロ波アシスト磁気記録方式」の概念図
パソコン用外付けHDDの内部にある磁気ディスク。最近のHDDは、これらが3枚程度重ねて格納されている。アーム状の細い部品の先端部分が、磁気記録を担う「磁気ヘッド」
※インタビュー内容は取材当時のものです。