齊藤国靖
京都産業大学
理学部 物理科学科 教授
統計力学
京都産業大学
理学部 物理科学科 教授
統計力学
世の中の物質は、平衡(へいこう)状態と非平衡状態の両方で成り立っている。これは自然界における様々な物理、化学、生物学的な現象を解説する重要な概念である。平衡状態は、物質が時間と共に変化せず、温度や圧力、濃度などが一定に保たれている状態を指す。一方、時間と共に変化するのが非平衡状態だ。物質やエネルギーが移動している不均衡な状態をいう。こうした中、主に非平衡物理学を研究テーマとしているのが、京都産業大学の齊藤国靖教授だ。
「非平衡状態に関する我々の研究は、大きく3つに分かれています。“分子動力学シミュレーション”は、103~106個の古典的な粒子の運動方程式を数値的に解きます。粒子間の力をモデル化することで、様々な現象をシミュレート可能です。次に“散逸粒子系”では粉体や泡、エマルジョン(油滴)、コロイドなど、相互作用によって運動エネルギーを失う物理を明らかにします。ちなみにコロイドとは、微細な粒子(コロイド粒子)が別の物質中に、均等に分散している状態。例えばミルクは、脂肪の微粒子が水に分散しているコロイドです。最後の“アクティブマター”は、鳥や魚など生き物の群れ、バクテリアやロボットの集団などが対象。自己駆動する個体を粒子モデルで考え、集団運動を解明していきます」
齊藤研究室におけるこれらの研究は、大学で物理を学んだ大学院生が取り組んでいる。最も人気を集めているのは“アクティブマター”である。研究対象としては新しく、先行研究が少ないことが未知なる分野を切り拓こうとするフロンティア精神を刺激しているようだ。齊藤教授は「空を舞う鳥の群れの動きにも、一定の流れやリズムが感じられます。何か不思議な現象が生じているのではないかと思うと、私もワクワクします」と笑顔を見せた。
研究対象である粒子には、それぞれに運動方程式がある。一つひとつを見ると簡単ではあるが数千や数万、それ以上が集まると、とても計算できないという。粒子どうしがぶつかり合う際に、どんな力が発生し何が起こるのか、予測すらできないのだ。そこで粒子の動きを観察するにあたり、齊藤研究室では高性能コンピュータによるシミュレーションを行っている。
「大規模シミュレーション実験として、ある閉ざされた空間に10万個の粒子を入れ、時間の経過と共にどのように変化していくかを観察したことがあります。現実の世界ではとてもできない実験も、コンピュータによるシミュレーションであれば可能です。モニター上で確認したところ、粒子の数が多過ぎるために、当初は霧のようにしか見えませんでした。しかし、しばらく観察していくうちに、ある変化を確認しました。当初は均等に分散していた粒子が、時間の経過と共に偏りはじめ、濃淡が浮かび上がってきたのです。運動方程式の計算に基づく結果が『見える化』されていく過程に目が釘付けになったことを覚えています」
このようにして接触した粒子の相互関係をネットワークと捉えると、新たな可能性が見えてくる。例えば空港を拠点とした物流ネットワークの効率化にまで応用発展できるというのだ。一方、粒子どうしがぶつかりあう際に発生する圧力エネルギーをグラフィックで表現する試みにも挑戦。特徴的なカラーリングを施すことにより、アート作品としても魅力的な仕上がりに演出されている。
齊藤先生の研究室では“ジャミング転移”といった現象も研究対象としている。空間に占める粒子の割合(充填率)を増加していく時に、それまで運動していた粒子がエネルギーを失い、固まった状態になる。すなわち液体のように動く状態から、固体のように動きが制限される状態への変化を“ジャミング転移”と呼ぶのだ。こうした研究の応用は、ひとかたまりの粒子が臨界点を超えて発生する土砂崩れや雪崩などの予防に役立つとされている。
「コロナ禍においては“人流”が話題になりましたが、粒子の動きを考察することで集団の動きについても新たな見解を示し、群衆事故の予防にもつながると見込んでいます。一粒ずつに焦点を当てると目に見えないほど小さな粒子。その研究が秘めた驚くほど大きな可能性を今後も探究していきたいと考えています」
シミュレーションによる理論中心の研究活動を支える高性能コンピュータ
非平衡状態の研究対象は、微細な粒子から鳥類、魚類にまで及ぶ
霧状の粒子は、時間の経過と共に偏りはじめ、濃淡が浮かび上がった
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