井口眞
山陽小野田市立山口東京理科大学
工学部 応用化学科 教授
有機物性化学
固体に「ずれ応力」をかける回転式高圧セル
山陽小野田市立山口東京理科大学
工学部 応用化学科 教授
有機物性化学
固体に「ずれ応力」をかける回転式高圧セル
「応力」=物体が荷重を受けたとき、荷重に応じて物体の内部に生じる力。(広辞苑)
これは、主に物理の実験で用いられる用語で、分子の物性を測定する際に用いる圧力と考えていいだろう。
乳鉢ですりつぶす、引っ張る力で延伸する、圧縮するなどの方法で固体試料に外部から機械的応力を作用させて、色の変化などの化学反応を誘起させる研究は、「メカノケミストリー」と呼ばれる分野で、近年、論文数が急激に増えている。なかでも山陽小野田市立山口東京理科大学工学部応用化学科の井口眞教授が研究に用いるのは「ずれ応力」。どのようなものなのだろうか?
「固体に作用する基本となる応力は、法線応力(圧力)と接線応力(ずれ応力)で、私が主に扱うのは後者です。最近は、有機物を対象にこれを用いた実験を行っています。ずれ応力は、メカノケミストリーの微視的な機構を理解するのに有用なのです」
「ずれ応力」とは、乳鉢で固体をすりつぶした際にも発生するような身近な力である。しかし、ずれ応力効果は、定量的な扱いが難しいため、研究例はまだまだ少ないのだという。
とはいえ、乳鉢やすり鉢は、古代から食物や鉱物の粉砕に使用されており、錬金術師も使っていたとされる。1820年には、電気分解の法則の発見で知られるファラデーが乳鉢を用いた塩化銀の還元反応を報告している。これらは、ずれ応力によって化合物の物性が変わることに、以前から注目が集まっていたことを物語っている。
ジアリールエテン結晶のずれ応力と光による色変化。ずれ応力によって色変化を誘起する光が紫外光から可視光に変わっている
では、目に見えないずれ応力を観察するために井口教授の研究室では、どのような実験を行っているのだろうか。
「ずれ応力は高圧セル内で2枚の透明なサファイアの間に試料をはさみ、回転を加えて発生させます。例えば、有機半導体のペンタセンの薄膜は常圧では鮮やかな青色をしていますが、ずれ応力をかけると黄色に変化します。これは、ペンタセンの化学結合がずれ応力によって変化したことを表します。こうした結果を受け、私たちはさらに、ずれ応力と光を組み合わせた実験にも挑戦しています」
ずれ応力と光を組み合わせた実験で着目したものがフォトクロミック分子と呼ばれる紫外光で色の変化する化合物で、日光で着色する調光サングラスに用いられているものもある。研究では結晶フォトクロミック分子であるジアリールエテンを取り上げた。
井口教授は、このジアリールエテンにずれ応力下で可視光を当て、紫外線下と同じ赤色への変化を導き出した。これは、ずれ応力の働きによって、化学変化を誘起する光が紫外光から、より波長が“長い”可視光まで広がったことを示している。
「私が次に注目しているのが“熱”です。物質は、温度、圧力、光、電場などの条件を変えることで特異な振る舞いをします。例えば、世界で最初の有機超伝導体は1.2万気圧の高圧下、マイナス272度の低温で発見されています。同様に、ずれ応力と光に加えて、“熱”を組み合わせて制御すれば、今までにない有機物の物性を発見できるかもしれません」
最近テレビに用いられている「有機EL」も電圧による有機材料の発光を利用している。こうした有機物の性質を分子レベルで詳しく調べる研究分野は「有機物性化学」と呼ばれている。
井口教授にとってこの分野の研究目的は、目に見えない有機分子とその集合体を構成する「化学結合」を深く理解し、制御することで、既存の分子の新しい機能を探り当て、それを基に新たな分子を創り出すこと。分子設計できる有機物はその可能性を秘めている。
「ずれ応力効果の解明は、メカノケミストリーの複雑な応力の作用を理解するために不可欠なものです。ずれ応力、光、熱による複合的な作用を探究し、化学結合の制御方法や新たな機能性材料の開発に発展させていきたいと思っています」
基本的な応力を説明した図。左が通常の圧力にあたる「法線応力」、右がずれ応力にあたる「接線応力」
フォトクロミック分子のスピロピランに「ずれ応力」がかかった状態を顕微鏡で観察したイメージ
分子の振動スペクトルを測定する「顕微ラマン分光器」。研究室には応力下の物性測定に適した機器がそろっている
地域産業界・医療界の中枢で活躍する人材(キーパーソン)となるには、学問の本質に迫る深い専門知識を有し、応用を創造できる力が必要です。山陽小野田市立山口東京理科大学では、高度な専門知識と応用技術、研究方法を習得し、事象の本質的な理解を深めるとともに、応用を創造できる能力と、課題を発見し解決できる能力を身につけた、独創性豊かな人材を育成します。
工学部では、工学の礎となる数学・物理学・化学を十分に理解し、高度な専門知識と応用技術を修得する体系的な教育プログラムを導入しています。薬学部では薬剤師として求められる基本的な資質を身につけ、人間性・倫理観・研究心を兼ね備えた薬剤師・薬学人を養成します。
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