Professor

菊池司

東京工科大学

メディア学部 メディア学科 教授
コンピュータグラフィックス/ビジュアルシミュレーション

積乱雲や雷といった現象をCGで再現し、
新しい映像表現で見る人の感性を刺激する

固体の麺に液体のソースが絡む……
異相間で相互干渉する食べ物の表現

 ベランダに干されたTシャツを想像してほしい。急に夕立が降ってきて、Tシャツに雨がぽつぽつ当たる。乾いたTシャツにどんどん雨が染み込み、色が変わり、重みを増していく──。日常生活で起きるこうした現象を、コンピュータグラフィックス(CG)を使ってリアルに表現することは可能なのだろうか。

「映画やアニメ、ゲームなどを見れば一目瞭然ですが、近ごろCGはますます進化し、映像表現は革新性を増しています。今では『CGで表現できないものはない』とすら言われるほど。それでも、実はTシャツに雨が染み込むといったような描写は難易度が高いのです。固体と液体の交わりなど、特に物質の状態(=相)が異なるものが互いに干渉し、形を変えてしまうような現象の表現にはまだまだ課題があります」

 そう語るのは、東京工科大学メディア学部の菊池司教授だ。最先端のCG技術を研究・開発している菊池教授が現在取り組んでいるのは「食べ物の表現」。やはり食べ物の形状や挙動をCGで再現する際にも、異なる物質の状態=異相間の相互作用をどう表現するかが重要になる。

「例えばミートソースパスタであれば、麺は柔らかさ(=弾性)のある固体で、ソースはどろどろした液体です。フォークに巻き取って持ち上げると、麺にソースが染み込んだり絡み合ったりして、元の状態から変化します。CG制作ではこうした物理現象をコンピュータでシミュレーションして再現します。また、ただ単に現象を正しく再現して終わりではなく、食べ物はおいしく見えなければ意味がありません。“シズル感”と呼ばれるような食材のジューシーさやみずみずしさを表現し、見る人の感性に訴えるのです」

積乱雲のCGの制作過程では、細かい粒子をパソコン上の3次元シミュレーション空間につくり出し、浮力や粒子間力など、粒子に働く力を定義して運動シミュレーションを行った

世の中の現象や人間の感性に宿る
法則を読み取り、リアルに表現する

CG制作で重視すべきは
正確さを超えるリアルさ

 表現したい現象がどういう物理法則で成り立っているのか、まずは徹底的に観察することから菊池教授のCG制作は始まるという。例えば「積乱雲」であれば、内部からもくもくと空気が上昇し、外側に出るとどんどん流れ落ちていく運動によって成り立っている。沸騰したお湯がやかんのなかで上下を往還する際にも発生している「対流」と呼ばれる運動だ。

「まずは3次元のシミュレーション空間内に、パーティクルと呼ばれる細かい粒子の集まりで構成した積乱雲のモデルを作成します。そして、空間内に温度分布をつくるなどして『対流』を再現し、浮力や上昇気流によって粒子を動かす。これにより、内部から押し上げられ、外部から落ちていく積乱雲のモーションを実現します」

 高度な計算が必要になりそうだが、これでも「簡易的で擬似的な対流」を表現しているらしい。というのも、実際に積乱雲のような流体の運動を数学的に解析しようとすると、ナビエ-ストークス方程式という、とてつもなく難しい計算問題を解く必要があるのだ。しかしそれでは膨大な計算コストがかかり、映像産業に応用するにも現実的ではない。また、CG制作においては、ある種の「正確さ」よりも「リアルさ」が重要になるという。

「物理現象を正確にシミュレーションしても、意外と見た人はリアルに感じない。脳が勝手にイメージをつくり上げていたり、人間の見え方は特殊だからです。私たちに積乱雲はどう見えているのか、どこをデフォルメすればリアルに感じるのか。見る人の感性を刺激するために、ビジュアル的な要素を重視して制作しています」

CGを通して学ぶことができる
ものの考え方やアプローチの仕方

もともと菊池教授がCGと出合ったのは大学の授業だった。1990年代後半のCG技術が飛躍的に進化を遂げていた時代、コンピュータのなかに、燃え上がる炎や波打つ水流、成長する樹木といった自然現象が表現されているのを見て「コンピュータでこんなことができるんだ!」と衝撃を受けた。今は学生を指導する立場になり、CGを通して「世界の見方」を教えている。

「世の中の現象や人間の感性には必ず法則があります。物事をよく観察し、『これってどういう仕組みなんだろう』と分析することで本質を見極めることができる。そうしたものの考え方やアプローチの仕方は、CG業界だけでなくどんな分野でも活かせるはずです。ぜひ、興味のある方は一緒に研究に取り組みましょう」

菊池教授の研究室でつくられたCGの一例

お米はただの固体ではなく弾性があるため、重力によって下に沈んだり、押し潰されたりする。その様子を表現したCGを作成

研究室では、多量の建物をバリエーションを出しつつ素早く形成することができるCG技術も開発している。物量が必要になる背景映像などへの利用が期待される

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